今年も暑い夏がやって来ました!
第18回平和のための戦争展
7月5日〜8日の4日間、喜多方市厚生会館で開催されました。
今年も、B29爆撃機のプロペラや青い目の人形5体、戦死者名簿や郷土民俗館所有の資料など沢山の貴重な資料が展示され、約700人の市民が来場し見学しました。特別企画として行われた講演の主な内容をご紹介いたします。
◆「戦時下東京の生活と空襲体験」
大原よし子氏 (喜多方市松山町在住)
当時小学生だった大原さんは、山梨県の甲府に学童疎開されていましたが、ホームシックに耐えかねて、毎日、物干し台から東京の空に向かい「おかぁさ〜ん!」と叫んでいたそうです。昭和20年、6年生だけは東京に戻ることとなりましたが、東京では学校からの帰り道に何度も飛行機による射撃に出会い、地面に伏せた事があるそうです。その時は体が震えて、しばらく動くことが出来なくなったとの事でした。大原さんは子どもの頃の記憶が失われてしまっているとおっしゃられていました。それは、空襲で自分の家が焼かれたり、沢山の死体の中を逃げ回ったことがトラウマとなったのではないかと…。
戦中戦後の生活では、石鹸も無い生活で、うどんのゆで汁で髪を洗ったり様々な苦労をされましたが、一番辛かったのは、食べ物が無かった事だそうです。大原さんは、自分の体験を通して、二度と戦争が起きないよう運動を続けていきたいと決意を語られました。私達も現在の平和に感謝し、平和を守ってゆく事の大切さを学びました。
◆石川の石と原爆研究のかかわり〜歴史的事実をふまえて〜
橋本 悦雄(石川町文化財保審議会委員)
戦争末期この福島県内で原子爆弾製造の研究とウラン鉱発掘に中学生が動員されたことを知っていますか?
世界で唯一の被爆国となった日本ですが、戦時中の昭和20年、兵器として原爆を造ろうとした人々がいました。その原料となるウランを石川町の山中に捜し求め、石川中学生(現学法石川高校)は勤労動員されました。
しかし、機材、原料不足のため、本格的な生産ラインにのらないまま3ヶ月後に敗戦をむかえることになりました。
期待した石川のウラン鉱も工業的生産の出鉱には程遠く結果的には標本程度の産出しかなく、資源にはなりえませんでした。
別の班が担当した核分裂をおこすウラン235の抽出も失敗に終わり実験の初段階で軍部の夢はここについえたのです。
核分裂のエネルギーを利用した原子力は当初、最終兵器として開発され、その後、平和目的として科学の英知を結集させた原発は「魔法の発電」ともいわれ、そのクリーンエネルギーは日本経済にさまざまな恩恵をもたらしました。
しかし、昨年3月に起こった福島第一原発事故は、自然災害が引き金になったとはいえ、取り扱いを誤れば子々孫々まで被害を被るという原子力の恐ろしさが改めて示されました。
原子力が「両刃の剣」といわれますが、世の中には絶対に安全というものはなく、今回の事故は科学万能の慢心がもたらした現代人への警告のように思えてなりません。
◆「原発・原爆 そして日本国憲法」
大和田秀文氏
講師の大和田さんは浪江町出身でご自分も否応無しに避難民にされてしまった元教師です。
1938年(昭和13年)ドイツの科学者オットウハンがウラン235の核分裂を発見、
翌1939年はドイツによって第二次世界大戦が起され、核開発は武器開発へと進んだのです。そしてその派生技術として、「原子力の平和利用」という美名の下に、原子力発電として産業構造のなかに位置づけられました。日本では1954年中曽根議員提出の原子力予算2億3,500万円が、わずか3日間の審議で可決され、国会議員も国民も何もわからないまま、ただ「原子力の平和利用」だと浮かれていました。
その後、日本の原子力発電は「日米原子力協定」によってアメリカに支配され、アメリカの原子炉メーカーと日本の大企業のジョイントが進み、東京電力はWH社、関西電力はGE社という棲み分けがされ現在に至っています。
そして不幸な事に、東電第一原発事故が起き、原子力は未完成の技術である事が白日の下にさらけ出されました。東電は事故原因が天災だと自己弁護の記者会見を行いましたが、国会事故調は明らかに人災であるとの結論を導き出しています。
ところで、日本の原発が自家発電施設を地下に設置しているのは、本来アメリカ仕様がハリケーン対策で飛ばされないようにするためとのこと。前が海なのに津波に無防備な地下施設。日本の特殊な事情を全く考慮しておらず、原発の安全神話は文字通り神話の世界の事であったと次々に明らかになってきています。
また、注意しなければいけないのが、原子力発電は核兵器と表裏一体だということ。そして原子炉の中で発生するプルトニウムです。プルサーマル計画で燃料の一部に使用する計画でしたが、今では不可能となり、現在貯蔵されている約30トンのプルトニウムは行き場がありません。長崎型原爆以外には使い道が無いのです。
アメリカ依存型の原発政策は、日米安保体制を機軸とする、政治、経済、軍事全般にわたる日米の安全保障政策に重大な影響を及ぼします。原発問題は単純に停止させろとか再稼動を許さないとか、国内だけの問題と考えては解決できません。
そして、原発を停止させた場合の国内問題だけを考えても、原発の管理と高濃度放射性廃棄物(何百年単位の管理)火力発電の増加による環境問題、6万人以上の原発労働者の失業問題、関連産業への打撃、総じて国民経済への影響についてどこまで国民の合意が得られるのか。ひと夏の節電に大騒ぎしているような甘い考えでは原発問題は解決できません。
原発は日本国憲法が保障している人権と生存権を無視しなければ稼動できません。今回の事故では、16万人の住民が避難生活を強いられ、基本的人権は否定され、移住先には公民権もなく、私有財産も剥奪されています。なし崩し的に憲法を無視する政策では、私たちの生存すらどうなるか分かりません。
最後に大和田さんは、最近の国会は震災のドサクサに紛れて憲法改正の動きがあり、許せないことです。世界に誇れる日本の平和憲法を護らなければならないと熱く語っておられました。
◆放射能の話
目黒 司 氏
1.「放射能」とは何か?≪放射能・放射線・放射性物質・被曝≫
原子の中には、放射線を放出し別の原子に変わる特異な原子があります (ウラン238など)。この放射線を出す能力のことを放射能といいます。また、放射線は光や電波の仲間で、透過力(物質を通り抜ける力)が強い性質があり、エネルギーが大きく、電離作用(原子の中の電子をはじき飛ばす!)を及ぼします。また、放射能を持つ原子を放射性原子=放射性物質といいます。放射線にさらされることを被曝といいます。
≪放射能の単位≫
Bq(ベクレル)→放射能の強さを表す単位。
1Bq=毎秒1個(発)の放射性原子が放射線を出している強さ。
Sv(シーベルト)→人が放射線から受ける影響の強さを表す単位。
※ 人間の体は約60兆個の細胞で出来ています。1ミリシーベルト被曝したというのは、その60兆個の細胞すべてに1回放射線が当ったということだそうです!
≪放射性物質の減り方=半減期≫
半減期とは放射性物質が半分になるまでの期間です。たとえば、セシウム137の半減期は30年。その後60年で1/4、90年で1/8。300年で約1,000分の1になります。
2.なぜ健康に害が生じるのか?
放射線の電離作用(電子をはじきとばす)により分子がバラバラにされ、細胞が破壊され、様々な健康被害(がんなど)が発生します。
<外部被曝>体の外に放射性物質があり外から放射線を浴びること
<内部被曝>放射性物質が、呼吸・飲食等により、体内に入り体の中から放射線を受けること。外部被曝は内部被曝より健康への影響が甚大!
※ 体内に入った放射性物質は新陳代謝により体外に排出されます(その減り方は、生物学的半減期であらわします。物理学的半減期と生物学的半減期を合わせて、体内から放射性物質が減っていく減り方を実行半減期といいます)。
● ICRP(国際放射線防護委員会)と ECRR(欧州放射線リスク委員会)
現在日本が放射線防護の基準として採用しているのはICRPの基準です。たとえば年間放射線許容限度の1mSv/年や事故時の基準である20〜100mSv/年などもICRPの基準を使っていますが、ECRRはこの基準は高すぎると批判しています。これはなぜかというと、ICRPの前身がアメリカの核戦略の下で作られた委員会だからです。放射線のリスクを正しく評価し、防護基準を厳しくされると核兵器の大量生産や原発の運転が出来なくなってしまうからです。そこで内部被爆の実相を隠し、人体への影響が低くなるように見積もることにしました。「放射線防護の主たる目的は、放射線被曝を生ずる有益な行為を不当に制限することなく、人に対する適切な防護基準を作成すること。」というのがICRPの考え方です。 これを言い換えると…
通常の場合〜「(発電という)利益があるんだから、我慢してくれ。」また、事故により放射性物質が大量にバラまかれた場合〜「(避難や除染に)コストがかかるんだから、我慢してくれ」ということになります!!
3. チェルノブイリ汚染地域で起きている健康被害の状況は?
「放射線による健康被害の核心は“老化”である」
@ 免疫力の低下 〜あらゆる病気にかかりやすくなる。
A 生活習慣病の進行と早期発現 〜持病の悪化→子どもが生活習慣病に!
B 心臓血管系疾患の急増 〜心筋へのセシウム蓄積が原因か?
※ 子どもの場合、体内セシウム量40Bq/kgで不整脈が出始める。
≪ウクライナのナロジチ地区住民≫〜チェルノブイリ救援・中部の資料より
・ 総罹患(病気にかかっている)率、癌ともに現在も増加中。
※ ICRPの予測では、癌は成人で10倍、総罹患率は200倍、
子どもはさらにその3〜4倍!
・ 体内セシウム137量は、平均17,000Bq。これは1日当たり120Bqを食品から
1年間とり続けて体内に蓄積される量に相当。この場合、ICRPの内部被曝量の計算では、0,57mSvとなる。
● 放射線の害の大きなものは、細胞の中にあるDNAを傷つけることです。 年間1mSvの被曝で30歳男性では1万人に1人の癌死者をだしますが、子どもはその5倍の2,000人に1人の癌死者。20mSv/年では大人は500人に1人の癌死者、子どもは100人に1人の癌死者を出すというのがあのICRPのリスクモデルです。研究者によってはその4倍の数値になっています。大人に比べて子どもに放射線の影響が多い理由は…余命が長いこと、体が小さいことがあげられています。→同じ量でもダメージが大きく、長い間には影響が出ます。
※ あのICRPのデータで1mSv/年で癌死者を計算すると200万人県民で単純計算で200名の癌死者が出る計算になります。しかしよく考えてみると、県内の交通事故死者は年間100名を切っているのに、この数値は多すぎると思いませんか?
個人的には交通安全運動より原発反対運動や放射能対策に尽力したほうが良いのではないかと思いますが、どうでしょう!
4.どのように生活すれば健康被害のリスクを減らせるのか?
非核生活三原則
@ 近寄らない(放射性物質から離れること)
・ 避難する ・保養に出かける
・ 放射線マップを作り、ホットスポットに近寄らないで生活する。
A 近づけない(放射性物質を生活環境から遠ざける〜いわゆる除染)
・ 土を削り取る。除草する。高圧洗浄機で洗い流す。
・ 家中 水拭きをこまめにする。
・ 自治会や老人会、PTAなどの力で小学校区ごとに除染を進める。
※ ただし、除染は仮置き場の問題や作業中の放射能汚染の危険性もあり、汚染の調査のみにとどめる事をおすすめします。
B 取り込まない(放射性物質を呼吸や飲食で体内に取り込まない)
・ マスクをする、帽子をかぶる。長袖を着る。雨に当らない。
・ 食品の放射性物質の測定値をネットや新聞でこまめにチェック。
・ 水道水のデータもチェック。
● 内部被爆に負けないために〜養生生活の実践
≪活性酸素対策と免疫力のアップが重要≫
@ 十分に休養をとる。
A 基本的な生活習慣を守る(早寝早起き)
B バランスの良い食事(穀菜果食)ポリフェノール(抗酸化酵素)の摂取
C 適度な運動
D きっぱり禁煙、程々の飲酒
〜さらに重要なことは…愛する人と過ごす時間を大切に!だと思います。
● 生きる力を沸き立たせるものは…「希望」です!
・ 希望を失った時、アウシュヴィッツ収容所で大量の死者が出た事実。
・ チェルノブイリ汚染地域の少年が希望のお陰で病気から立ち直った事実。
※ 学力向上一辺倒で競争が支配する学校には本当の希望はありません。また、競争万能主義の新自由主義が支配する社会に本当の希望はない。一人ひとりが違いを認め合い、力を合わせて生きる、共生の社会→日本国憲法の生きる社会を目指しましょう。
5.終わりに…〜核兵器も原発もない世界を目指して!
●健康に暮らすためには、被爆をしないことが理想ですが、それは無理です。次に出来ることは被曝を限りなく減らすことです。そのために最も重要なことは、核兵器をなくし、原発をなくすことです。これは、現在の被曝を減らすだけでなく、子や孫、未来に続く世代の被曝を減らしていく、現代に生きる人間としてやらねばならない重要な課題です。
ここまで述べてきた、私達の被爆を減らす方法は実践して初めて役に立ちます。今日から少しでも自分の生活を見直して、健康に長生きできることを祈っています。 |